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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)346号 判決 1973年10月30日

控訴人 渡辺あい子

<ほか四名>

右控訴人五名訴訟代理人弁護士 山本真養

被控訴人 玉成運送有限会社

右代表者代表取締役 知久寛

右訴訟代理人弁護士 平沼高明

同 服部訓子

同 安藤一郎

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

(一)  被控訴人は控訴人渡辺あい子に対し、金一三九万四九七四円および内金一二六万八一五九円については昭和四七年二月九日から、内金一二万六八一五円については本判決確定の翌日からそれぞれ支払済に至るまで年五分の割合による金員を、その余の控訴人らに対し、各金六九万七四八七円および内金六三万四〇八〇円については昭和四七年二月九日から、内金六万三四〇七円については本判決確定の翌日からそれぞれ支払済に至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

(二)  控訴人らのその余の請求を棄却する。

二、訴訟費用は第一、二審ともこれを四分し、その三を被控訴人の、その一を控訴人らの各負担とする。

三、この判決の第一項の(一)は、かりに執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を次のとおり変更する。被控訴人は控訴人渡辺あい子に対し、金二〇〇万円、その余の控訴人らに対し各金一〇〇万および右各金員に対する昭和四七年二月九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、次に記載するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する(但し、原判決三枚目裏三行目に「加害車輛が」とあるのを「加害車輛と」、同四枚目表二行目に「従事中」とあるのを「従事」と、同七枚目裏八行目に「2証人鈴木基之、原告本人」とあるのを「2原告本人渡辺凱夫」とそれぞれ訂正する)。

(控訴代理人の陳述)

一、被害者の過失について。

本件事故では、かりに被害車が徐行をしていたとしても、加害車の右側面に激突し、本件と同様な事故が生じたであろうことは、容易に予測することができるし、また、被害者がたといヘルメットを着用していたとしても、ブロック塀に激突し、路上にはねかえされる過程では、危険防止の効果は期待しえない。従って本件賠償額を定めるにあたり、被害者の過失は斟酌すべきではない。

二、損害額について。

(一)  葬儀費用。

控訴人らが現実に出捐した葬儀費用の内訳は、葬儀業者への支払金三七万円、戒名代金二〇万円、その他諸雑費約一〇万円に達しており、ひかえめにみて金六七万円である。

これに対して、被控訴人より葬儀費用として金一〇万円、香典として金一万円、見舞金として金一五万円の支払を受けた分を差引いて金四一万円を葬儀費として請求する。

(二)  物損。

原審以来主張のとおり金一万五〇〇〇円を主張する。

(三)  逸失利益。

被害者林吉の昭和四四年度の年間の所得は金一七六万八八九四円である。そして同人は死亡当時五九才であって、昭和四六年の簡易生命表によれば、五九才の男子の平均余命は一七・七四年であるから、被害者林吉の労働可能年数は、その約半分とみてほぼ九年である。また、生活費は被害者が質素な生活をしていたこと、公租公課を考慮すべきでないことから三割と考えるべきである。従って中間利息の控除につき年五分の割合による複利年金現価計算(ライプニッツ式による。係数は七・一〇七八。)を行なえば、次のような計算式となり、金八八〇万一〇六一円となる。

1768894×(1-0.3)×7.1078=8801061

(四)  慰藉料。

被害者林吉は、年とった配偶者を有する一家の支柱であった。加害者は刑事事件で被害者側との示談交渉が円滑に成立するかの如き主張をなし、刑の減軽を得ているが、実際に控訴人ら遺族は、加害者からなんらの誠意ある示談交渉を受けたことはない。これは極めて悪質な態度で控訴人らの精神的苦痛は大きい。従って慰藉料は控訴人ら全員で金四〇〇万円を相当とすべきである。

(五)  損害填補の抗弁について。

自動車損害賠償保険金五〇〇万六八〇〇円を受領したこと、葬儀費用として金一〇万円を受領したこと、昭和四六年一月一六日に見舞金として金一五万円を受領したことは認める。このほか同年一月一九日に香典として金一万円を受領したので、右のうち保険金を除く計金二六万円は葬儀費用に充当し、前記のように本訴ではこの分を減額した葬儀費用の請求をしているのである。

被控訴人は、このほかにも、抗弁として、治療費として金一二万七〇〇円、看護費として金一万二七〇四円、フトン代雑費として金一万円を支払ったと主張する。控訴人らにおいてこれらの金員を受領した事実は争わないが、もともと本訴においては、これらは受領済として請求していないのであるから、右抗弁は失当である。

(六)  結論。

以上のとおり前記(一)の葬儀費用金四一万円、(二)の物損金一万五〇〇〇円、(三)の逸失利益金八八〇万一〇六一円、(四)の慰藉料金四〇〇万円を合計すると金一三二二万六〇六一円となるところ、これより(五)の自動車損害賠償保険金五〇〇万六八〇〇円を控除した残額は金八二一万九二六一円となる。これに対して一割(金八二万一九二六円)に相当する弁護士費用を加算した金九〇四万一一八七円が最終的な損害賠償金となるのであるが、本訴においては、このうちの金六〇〇万円を求めるものであって、控訴人あい子につき相続分三分の一に該当する金二〇〇万円を、その余の控訴人らにつき各相続分六分の一に該当する金一〇〇万円宛を請求するものである。

(被控訴代理人の陳述)

一、被害者の過失について。

本件交差点は、交通整理の行なわれていない見通しのきかない比較的幅員の狭い道路が交差するものであり、加害車輛の進路には一時停止の標識があったのであるから、加害者である訴外高橋幸野が一時停止をすべきであったことは勿論であるが、しかし、右のような状況の交差点に進入するについては、一時停止の標識のない道路を進行する車輛にも徐行義務のあることは勿論である。ところが被害者林吉は、一時停止はおろか徐行もしないで時速約四〇キロのスピードで本件交差点に進入したもので、もし同人が徐行義務を盡くしていれば、本件事故は避けられた筈である。しかも、同人はヘルメットを着用していなかったのであるから、これらの点からみて、同人にも、少なくとも二割五分の過失はあったというべきである。

二、損害額について。

控訴人らの本件事故による損害額の主張は争う。また過失相殺がある以上、まず被害者側の総損害を計上し、それを過失相殺したうえ、その額から既払分全額を控除すべきである。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一、当裁判所の認定、判断は、損害額の点を除き、原審の認定判断と同一であるから、原判決理由のうち一、二の部分をここに引用する(但し、原判決九枚目表七行目より八行目にかけて「原告渡辺凱夫本人の供述により真正に成立したと認められる」とあるのを「本件事故現場付近の写真であることに争いのない」と、一〇枚目表一行目の「衝激」とあるのを「衝撃」と訂正する)。

二、損害額について。

(一)  葬儀費用について。

≪証拠省略≫によれば、控訴人らは亡林吉の葬式のために葬儀屋に対し金三七万円位を支払い、お寺に対し金二〇万円位を支払い、田舎から葬式に参列した親戚に対し交通費として金五万円位を支払い、そのほか連絡費として金一万二〇〇〇円位を費消したことが認められるから、以上の支出の合計は約金六三万二〇〇〇円となる。ところで控訴人らは、被控訴人より葬儀費として金一〇万円、香典として金一万円、見舞金として金一五万円合計金二六万円を受領し、これを右葬儀費から差引いて求めると主張する。しかし、後にも判示するとおり、葬儀費も過失相殺の対象とされているのであるから、一応これらの金員を差引かないで計上した額に対し、過失相殺による減額の措置をとった残りに対して改めて右の被控訴人より支払を受けた額を差引くべきである。

ところで、このほか一般に葬儀には参列者から若干の香典が寄せられるものであり、それは葬儀の費用に充当されるのを常とする。このような事情を勘案すれば、本件葬儀費用としては、被控訴人よりの受領額を差引かない額として、多くとも金五六万円をこえることはないと考えられる。よって当裁判所は本件葬儀費を金五六万円と認定する。

(二)  物損について。

≪証拠省略≫によれば、本件事故により被害者林吉が使用していた原動機付自転車は大破し、使用にたえなくなったこと、右自転車は林吉が昭和四三、四年頃代金五万五〇〇〇円で買入れたものであることを認めることができ、右の事実よりすれば林吉が金一万五〇〇〇円の物損を蒙ったとする控訴人らの主張は、これを肯認することができる。

(三)  逸失利益について。

≪証拠省略≫をあわせ考えると次のように認められる。

亡林吉は本件事故当時五九才であって、昭和三五、六年頃から大田区東馬込二丁目七番四号で渡辺製作所という名儀で、主として日本経営機株式会社(和文タイプライターの製造業者)よりタイプライターの部品の加工の下請を行なってきたものであり、昭和四四年一ヶ年間における右事業による林吉の収入は金一七六万四八九四円であったこと、死亡当時同人は借家に居住し妻あい子を扶養していたことを認めることができる。

昭和四六年度の簡易生命表によれば、五九才の男子の平均余命は一七・七四年であることは、当裁判所に明らかなところであり、かつ、林吉は少なくともその約半分である九年間は、なお死亡当時と同様の営業を継続し、収益をあげることができたものと考えられる。そして同人の生活費は、自己および妻の生活維持費、借家の賃料その他雑費等を考慮すれば、収入の四割がこれに充てらるべきものと考えられる。よって、本件における同人の逸失利益の現価は、金一七六万四八九四円の六割に対し、年五分の複利計算のライプニッツ係数七・一〇七八を乗じた金七五二万六七〇五円である。

(四)  過失相殺について。

原判示のとおり、被害者林吉にも二割五分の過失があると認められるので、以上の損害の合計額金八一〇万一七〇五円からその二割五分を差引いた金六〇七万一二七八円が被控訴人の責任額である。

(五)  慰藉料について。

前認定の諸事実および弁論の全趣旨よりすれば、亡林吉と控訴人らとは夫婦ないし親子の関係にあり、林吉の死亡によって控訴人らの受けた精神的打撃は甚大であり、また生活への影響も少くないが、一方、林吉にも本件事故については前記のように過失があるので、これらの諸事情をあわせ考えた結果、控訴人あい子に対する慰藉料は金一〇〇万円、その余の控訴人らに対する慰藉料は各金五〇万円宛とするのが相当と認められる。

(六)  損害の填補について。

控訴人らが自動車損害賠償保険金として金五〇〇万六八〇〇円を受領したことは当事者間に争いがない。被控訴人はさらに、合計金三九万三四〇四円を支払ったと主張するが、これらのうち治療費金一二万七〇〇円、看護費金一万二七〇四円、フトン代雑費金一万円の合計金一四万三四〇四円は、これらの費目の損害については、控訴人らはもともと全く請求していないのであるから、弁済の抗弁としては失当である。その余の金二五万円と、ほかに控訴人らが香典として受領したことを自認する金一万円の合計金二六万円は、控訴人らは葬儀費用として支払を受けたことを認めているので、前記(四)および(五)の金額の合計金九〇七万一二七八円より金五二六万六八〇〇円を差引いた残金三八〇万四四七八円が差額金となる。

(七)  弁護士費用について。

控訴人らは右差額金の一割をもって本件弁護士費用であると主張する。本件記録にてらせば、右割合の弁護士費用は相当と認められるので、金三八万四四七円をもって弁護士費用と認め、これを前記差額金に加算した金四一八万四九二五円が本件の最終的な賠償金である。

(八)  相続について

控訴人あい子が林吉の妻として三分の一の相続分を、その余の控訴人らが林吉の子として各六分の一宛の相続分を有することは当事者間に争いがない。従って相続分は控訴人あい子を二とすればその余の控訴人らは各一宛の割合となる。また、一方控訴人らの固有の慰藉料の割合も控訴人あい子の二に対しその余の控訴人らは各一宛である。従って本件における最終的な各控訴人らの賠償額は控訴人あい子の二に対し、その余の控訴人らは各一になるように配分すべきであるから、これに従って前記四一八万四九二五円を分配すれば、控訴人あい子は金一三九万四九七四円の、その余の控訴人らは各金六九万七四八七円宛の損害賠償請求権を有することとなる。なお右のうち弁護士費用の割合は、控訴人あい子の分の中に金一二万六八一五円、その余の控訴人らの分の中にそれぞれ金六万三四〇八円宛含まれている割合となる。

三、結論。

かようにして、本件事故の損害賠償として、被控訴人に対し、

(一)  控訴人あい子は、金一三九万四九七四円およびこのうち弁護士費用を除く金一二六万八一五九円については本件訴状が被控訴人に送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和四七年二月九日から、また弁護士費用の金一二万六八一五円については、本判決確定の日の翌日からいずれも支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を

(二)  その余の控訴人らは各金六九万七四八七円およびこのうち弁護士費用を除く金六三万四〇八〇円については、前同昭和四七年二月九日から、弁護士費用である金六万三四〇七円については本判決確定の日の翌日から、いずれも支払済に至るまで前同年五分の割合による遅延損害金を、

それぞれ求める権利があるので、本訴請求はこの限度において認容し、これをこえる部分は棄却すべきところ、原判決はこれと異なるので変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中西彦二郎 裁判官 小木曽競 深田源次)

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